医療ブログ

緊急手術

文責:田中 / 2020年2月13日

以前、病院ホームページへ掲載していた記事を再掲させていただきます。少しでも皆様のご参考になれば幸いです。

データや状況などは当時のものとなっておりますのでご了承ください。(2013年9月掲載分)

 

遠くで電話が鳴っているようです。
夢の中なのか、現実なのか。
現実でした。病棟からの電話です。
「先生、妊娠35週の妊婦さんが、救急車で搬送されました。お腹が痛いそうです。」
時計を見れば夜中1時を回った所です。
この歳でこの時間に起こされると、翌日に響きます。「これは明日の仕事は相当辛いだろうな・・・」なんて思いながら、どんよりしながら病棟に向かいました。
聞けば、2時間位前に左下腹部が急に痛くなったとのこと。でも、今は随分良くなっているそうです。血圧も正常。熱も無く、患者さんは元気そうです。内診してみても、子宮口が開大している訳では無く、早産の兆候も全く有りませんでした。
実は妊娠中の救急車搬送の大多数は、大した事は無く、患者さんが精神的にナーバスになっている為に思わず119番を掛けてしまった、という場合が多いのです。このケースもこのパターンだろう?と思いつつ、「念のために赤ちゃんが元気かどうか、モニターを取ってみましょう。」と、胎児心拍モニターをしばらく装着することにしました。それで赤ちゃんさえ元気なら患者さんも私達も安心です。
モニターの波形が出始めて、「おやっ?」と思いました。胎児の心拍数は通常1分間に110~150回位の間で変動し、この変動の大きさが赤ちゃんの元気さの裏付けになります。ところが、この変動の幅が少ないのです。更に、時々緩やかに心拍数が下がる波形が出現していました。こういう場合は時に何か異常が隠れている場合があるのです。
この週数で妊婦さんの腹痛で最も怖いのが「胎盤剥離」という病気です。赤ちゃんの命綱である胎盤が子宮から剥がれてしまって、対応が遅れると、胎児死亡あるいは母体死亡というケースすらある大変恐ろしいものです。「まさか」とは思いましたが、超音波で胎児の状態を確認しました。
胎児の動きは良さそうです。胎盤の位置も正常で、子宮と胎盤はしっかり接着しており、胎盤剥離の兆候も確認できません。羊水の量も普通でした。
要するに、取り立てて異常な所見はありません。しかし、そうしている間にも心拍モニターの波形は基線変動が少ない状態が続いていました。
「何かおかしい」と直感的に思いました。
しかし、それを証明する手立てはこれ以上はありません。悩みました。現在妊娠35週1日。予定日から5週間も早い段階です。時計は2時を過ぎた所です。この真夜中に、この週数で、自分の直感を信じて赤ちゃんを直ぐに出すべきか、つまり緊急帝王切開を行うべきか、それとも様子を伺うべきか。
もしかしたら何もないかも知れません。私の判断が大袈裟に過ぎないだけかも知れません。35週で生ませてしまったら、例え赤ちゃんに何も異常が無くても、早産児としてNICU(新生児集中治療室)での管理が必要になります。
自分の見立てを優先しました。緊急帝王切開を決断しました。
そこからは超特急でした。
手術室を準備し、自宅待機のオペ室のスタッフが2名駆けつけ、そして青野先生が駆け付け、さらに、県立こども医療センターに連絡を取り、小児科の医師を乗せた通称「ドクターカー」と呼ばれる救急車を要請しました。
下半身麻酔を施し、術野の消毒を終え、手術が開始されたのは決断してから、僅か15分足らずの事でした。
始まれば後はいつも通りの手順です。皮膚、筋膜、腹直筋という順で切開して行きます。
「あっ!」
腹膜というお腹の膜を切った瞬間、手術室中が凍りつきました。
腹腔内から大量の血液が止めども無く溢れだしたのです。まるで井戸水が溢れるが如く。
「子宮破裂だ!」
子宮破裂は、胎盤剥離よりも、もっともっと恐ろしいものです。文字通り妊娠子宮の筋層が破れてしまい、胎児、母体共に命の危険に曝されます。帝王切開など子宮手術の既往があると、縫合部が弱くなって子宮破裂のリスクが高くなります。一度帝王切開をしている場合には次の妊娠ではほぼ全例で帝王切開を選択されるのはこのためです。しかし、この患者さんには子宮への手術の既往は全くないはずです。その患者さんが子宮破裂など、あり得ないはずです。
しかし、現腹腔内には大量の出血で何も見えない現実が広がっています。
1秒を争います。
兎に角赤ちゃんを救済する事です。
通常は子宮の筋層をゆっくり切開するのですが、いつもの手順を無視して半ば強引に赤ちゃんを出しました。ぐったりしています。臍帯を切断して助産師に引き渡し、オペ室内で直ぐに蘇生に入りました。
「オギャー!」
大声で泣き声が聞こえました。
心底安堵しました。
ここからです。
これで手術に集中できます。駆けつけた小児科医と助産師に感謝の言葉を心に中で繰りかえしつつ、子宮筋層の出血点を探しました。有りました。子宮の後ろ側に500円玉程の穴が開いています。此処が出血点です。子宮破裂では出血が制御できないと、最終手段として子宮を摘出する事になります。確か、この患者さんには凍結している受精卵がまだ2個残っているはずでした。何としても子宮摘出は避けなければなりません。
何針も縫って、更に特殊な止血剤を使用して、漸く出血を止める事に成功しました。
こうして手術が終了しました。赤ちゃんもお母さんも無事でした。
出血量は測定できるだけで1700ml。しかし手術台から血液が溢れて私の膝位から下も血まみれになっていましたので、恐らくあの一瞬で3リットル近くの出血があったと思われました。
医者になって間もなく20年になろうとしています。しかし、教科書的には散々叩きこまれている子宮破裂の恐ろしさに、現実に目の前で遭遇したのはこれが初めてでした。
頭で理解しているつもりでも、経験してみて初めてその恐ろしさに気付くという点では、丁度、地震の津波のようなものかも知れません。
母子共に救済できて、本当に良かった。
「あの時、もし躊躇していたら・・・」「もし、脊椎麻酔の針が中々入らず手こずっていたら・・・」「もし、胎児心拍モニターを取らなかったら・・」など、様々な「もし」を考えるだけで今でも手が震えてきます。
病院を出ると、すでに夜は白んでいました。爽やかな鳥のさえずりを背に帰宅の途につきました。
あと数時間後にはまた外来が始まります。「少しでも寝ておかなければ」とぼんやり考えながら、重い足を引きずって寝室に入ると、妻が物音に目を覚ましました。
「なにやってんの?こんな時間に。」
「ずっと病院にいた。緊急手術で大変だったんだよ。」
「あ、そう。ふーん。ご苦労さん。ちょっと肩揉んでくれる?20回でいいから。寝違えたみたいだから。」
「は? 何言ってんだ?だから緊急手術だったんだって。ほんとに危なかったんだよ。」
「うん、分かったら早くしてくれる?20回でいいから。」
手術中、腹腔内から血液が溢れだした瞬間、最初に頭をよぎったのは、実は患者さんの事でも、病院スタッフの事でもなく、自分の家族の事でした。あれは「走馬灯」ってやつだったのかも知れません。「もしこの手術が成功しないで大ごとになったら、自分の家族を路頭に迷わせることになる。」と反射的に脳が反応したんだろうと思います。多分、一家の主の立場にある世の男性の殆どがそうした責任感の元で生きているのではないかと思います。
それをお前はなんだ!
「肩を揉め」だと!今日という今日は許さん。そこに正座しろ。日本男児の面目躍如だ。お前の辞書には「感謝」という言葉が無いのか。その性根叩き直してやる!大体、「20回」って、なんだ?その中途半端な数字の算出根拠を言ってみろ!
と、心の中で叫びながら20回のノルマを達成し、泥のような眠りに落ちました。