医療ブログ

着床障害への光

文責:田中 / 2021年11月15日

私達が日常の診療で最も苦慮するケースの一つが、着床障害です。読んで字のごとく、「移植を何度やっても妊娠しない」状態を指します。メディカルパークでは、形態的良好胚の移植を3回ないしは4回繰り返しても妊娠しない場合を、「着床障害」と定義しています。

着床障害の原因は、卵管水腫、子宮内膜ポリープ、母体の免疫能の異常など、多岐に渡ります。その原因の一つとして、最近、「implantation window:着床の窓」が注目されています。妊娠が成立するためには、受精卵の子宮内(正確には子宮内膜)への「着床」(内膜内に潜り込んで接着する)というプロセスが必須です。この子宮内膜には「受容能」と呼ばれるべきものがあって、いつでも受精卵を受け入れる準備が出来ている訳では無く、受容可能な時期は極めて短いと考えられています。一般的には排卵日から数えて、4.5日~5日目位に、この「着床の窓」が開き、着床しやすくなるとされています。つまり、この「窓」が開くとされるタイミングを見計らって移植の時間を設定する訳です。

以前から、この着床の窓が開くタイミングがずれている患者さんが少なからず存在し、このずれが着床障害の一因になっていると考えられていました。しかしながら、子宮内膜の受容能の正体が解明されておらず、実際の「ずれ」を検査することが出来ませんでした。ところが、最近になって、この「着床の窓」の検査が出来るようになったのです。それがERA:ERA (Endometrial Receptivity Analysis:内膜受容能検査)と呼ばれるものです。この検査は、患者様の子宮内膜組織細胞を採取して、236個の遺伝子産物の発現パターンを解析することで、着床に最適なタイミングを導き出す、というものです。ERA検査を受けられた方の30%近くが「着床の窓」の時期がずれていたという結果もあります。

当院でもこのERA検査を導入以来、相当数の患者さんがERA検査をご希望されるようになっています。特に最近、都内から、ERA検査だけをご希望されて、受診される方が増えています。確かに、良好胚盤胞を何度も移植しても妊娠しなかった典型的な着床障害の患者さんが、ERA検査で「窓のずれ」が発見され、着床のタイミングをずらしたところ、途端に妊娠する、という症例を経験するたび、ERA検査の威力を見せつけられる思いです。

ただ、個人的に、ちょっとモヤモヤがあるのです。検査を受託しているのはスペインのバイオベンチャー企業です。この会社が独自に上記236個の遺伝子解析方法を開発したわけですが、その具体的手法は特許になっており、完全シークレットなのです。そのため、我が国の検査機関は完全に蚊帳の外になっています。

こうした医学の進歩の貢献するような技術を、営利目的の特許に繋げるというやり方に、どうも違和感を感じてしまうのです。だって、もしも私がその開発者だったなら、特許申請など一顧だにせず、何の躊躇いも無く、その技術を無償で世界に公開して、誰にでも惜しみなくその技術提供していたに違い無いのです。医療技術はみんなのものです。独り占めはいけません。

妻との会話中にポロっとこんなことを話してしまいました。
「いやいやいや、あんたはがっつり儲けに走ると思いますけどね!私が保証するわ。あ、そもそも、そんな凄いもの、あんたに開発出来る訳ないから。」

うーん。またしても正論。

付記:
都内から患者さんが来られるのは当院の金額設定が安いからだと思われます。(それでも10万円!もかかりますが。)時々、患者さんから「『安かろう悪かろう』ってことは無いのですか?」的な質問を頂きますが、寡占技術なので、受注している会社は日本全国すべからく同じです。どこの施設でやっても同じクオリティーですので、ご安心ください。

 

*当記事は田中院長が2019年5月30日付で院長ブログへ投稿した記事です。