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「停電についての考察」

2011年3月24日

電気がこんなにも、ありがたいものだとは!

この2週間、停電時間に戦々恐々の毎日です。停電が始まる前に全ての診療を終わらせなければなりません。あと数分で停電が始まるというのに、まだまだカルテが残っていて、待合室には患者さんがたくさん待っていると、焦りと緊張とイライラが極限状態まで高まります。

そして・・・「パツン」という音とともに、今日も又全ての電力が停止しました。

停電が日常になって2週間近く経ちます。その間、学校では教えてもらえなかった人体の神秘にいくつか気づかされました。そのうちの3つをご紹介します。

人間の尿意というものについて。停電中はトイレも行けなくなります。したがって、停電が始まる前には、水分摂取を制限し、用心には用心を重ねてギリギリまで何度もトイレに行き、最後の一滴まで絞り出して、膀胱を空虚にしておきます。そして毎回万全の態勢で停電に臨みます。しかし、電気が落ちると10分もしないうちに、何故か激しい尿意が襲ってくるのです。「停電が来る」と思うだけで、人間の膀胱括約筋は正常に機能しなくなるのです。

迫りくる危機に対峙する人間の心理について。この地域は毎日のように「予定」停電が「予定」通り行われています。しかし、ここに至っても、何故か「今日は、この地域だけは、停電しないんじゃないか?」とどこかで思い続けていてしまうのです。結果として、準備が疎かなまま、また今日も「パツン」が来て、そこではじめて「やっぱり今日も来ちゃったか・・」と後悔するのです。冷静に考えれば、何の根拠も無いことが明白なのに、どこかで「自分だけは、大丈夫」と楽観的な奇跡にすがってしまうのです。妻においてはこの傾向が特に顕著です。何度言い聞かせても、「夜の停電は今日は多分来ないから。」と、夜の停電に対して何の備えもしません。そして、本当に真っ暗になって、右往左往するのです。最近は、暗闇の家に居るのが怖いということで、子供たちを連れて、この近辺で唯一動いている相鉄線に乗って、停電が終わるまで横浜と湘南台の間を行ったり来たりしているそうです。

エネルギーの人間活動への影響について。最初は「停電になったら、たまっていた仕事片づけたり本読んだりして、時間を有効活用すればよい。」と思っていました。ところが、実際に、経験してみると全く違っていました。蛍光灯も無ければ、トイレにも行けません。何しろびっくりするほど寒い!何も手につきませんし、マンガすら読む気にもなれません。やる気が全く起きないのです。停電時間は毎回判を押したように3時間と決まっています。最初の2時間は何とかやり過ごすのですが、最後の1時間がとてつもなく長い。こんなに時間が長いと感じたことはありません。停電で止まるのは、電気だけではありませんでした。人間のエネルギーも止まり、そして、時間そのものが止まってしまうのです。

私たちは、停電になって初めて被災地の痛みを実感するようになりました。ただ、若干釈然としないものがあります。

昨日、都内で仕事をしている友人から連絡を貰いました。「湘南台ってお前の所だろ?ニュースで停電中継してたぞ。本当に真っ暗だっだな!」と。確かに、停電になると、上空でヘリコプターの羽音がいくつも響いていることがあります。多分テレビ局の取材なのでしょう。何だか見世物になっているような気がします。その友人に聞いてみると、「停電?いや、こっちは全く普通の生活だよ」との事です。さすが23区・・・藤沢とは格が違います。

さて、その23区の中でも例外的に停電対象地域に指定されているのが足立区と荒川区。今日、ニュースで、その足立区の区長がこの事に猛烈に抗議している会見を見ました。被災地の方々の事を思うと、不公平などという言葉は出してはいけないとは思いつつ、多少溜飲が下がった気もします。このまま行くと、停電が常態化している地域では、お店やら工場やら倒産する企業が必ず出て来るのでは無いでしょうか。それは、医療機関とて同様です。これこそ正に「地域格差」です。

でも、3時間後に電気が復旧した時のあの安堵感は、何にも替え難いものがあります。幸せを実感できる瞬間です。どんな悩みも消し飛ぶかのようです。

いや~、電気って本当に良いですね!(水野晴郎風に)

「震災について」

2011年3月18日

朝、自宅のベランダに出ると、そこには、今朝もいつも通りの風景が広がっています。青空の中、町並みには朝日が反射して、穏やかに輝いています。平和そのものです。

3月11日以来、世界が一変してしまったように思います。

人間とは、知識としては理解していても、実際に目で見ないと実感できないものです。映像として入ってくる津波は、波というより、水が風呂釜からあふれ出るようでした。波が全てのものを飲み込んでいました。家屋がいとも簡単に押し流されて行く光景は、まるで昔の特撮の模型のようでした。

家族の中で一人だけ生き残ったという初老の男性は、潰れた家から一生懸命に家族のアルバムを探し出していました。父親が行方不明になったままになっているという女の子は「御飯を食べて布団で寝るとか、当たり前だったことが本当に幸せな事だったと初めて分かった。」と答えていました。

テレビを見ながらも涙が出てきます。

当クリニックが入っているビルも相当な揺れでしたが、幸い大きな被害はありませんでした。ただ、その時に院内にいた患者さんは相当不安だったことと思います。

今、クリニックは停電中です。その中でパソコンのバッテリーでこの文章を書いています。

この停電はクリニックや患者さんにとっても、計り知れない打撃です。

3月13日の夜に翌日の早朝6時からの停電が発表されました。当クリニックにはこうした事態を想定して、予備電源が確保されております。しかし、電力の消費がいかほどになるのか、また、どれだけ予備電源が持つのかなど、不確定要素が多すぎたため、3月14日の早朝に体外受精の採卵予定だった方は中止を余儀なくされました。手術も同様で腹腔鏡の予定手術は全て中止と致しました。停電となると、冷凍保存してある受精卵は安全ですが、電力で動く培養器は非常電源が尽きると全て止まってしまいます。その段階で培養器に入っていた受精卵は全て凍結する必要がありました。そのため、培養士が夜中に駆けつけ、朝方までかかって、全ての受精卵を凍結してくれました。

採卵の方は、この日の為に皆さん数週間注射などを打ち続けて来ておりました。また、手術予定の方は半年以上待たされた上での突然の中止です。申し訳無い気持ちでいっぱいです。それでも、電話口では、皆さん快く理解して下さり、有難いと思いました。

地震翌日の夜、妻が「食事を作る気力が無い」というので家族で外食しました。近所の「ステーキ ガスト」というファミレスに行ったのですが、大変賑わっていました。このお店は、サラダ、ご飯、カレーなど、食べ放題のものが沢山あります。そこで白米を盛りつけながら複雑な思いに駆られました。被災した人々の事を思うと、こんな所に食べ放題の食材を陳列している場合では無いのではないかと思います。しかしその一方で、それを分かりつつも、そのサービスを享受している人が、私も含め大勢います。身勝手なものだと思います。一昔の日本人も同じような振る舞いをしたのでしょうか?

3月14日の早朝の停電は結局、実施されませんでした。結果的に採卵の中止も、夜中の凍結作業も必要無かったということになります。そして、3月15日の夕方、始めての停電が来ました。

停電が実施されて良かったと思ったりするのです。

この時、初めて今回の震災の痛みを実感したように思いました。停電が無ければ、結局他人事のまま、同じようにガストに行って、食べ放題の列に並んでいたように思うのです。

テレビでは、ニュースキャスターが東京電力や管総理の混迷を批判しています。安全な場所から批判するのは簡単です。でも今は、みんなが出来る事を少しずつやることで、この国難を乗り切ることしか無いと思います。

クリニック内では、計画停電が続く限り、当面無期休診とすべきだという話も出ました。しかしここは医療機関です。ギリギリまで診療を続けるのが医療機関としての使命だと思います。それが今私達にできる唯一のことかと思います。

地震発生当日のあの後、薄暮の中、インターネット経由で被害状況が徐々に明らかになってくるにつれて、クリニック内には何とも言えない沈痛な雰囲気が漂っていました。そんな中、一人の患者さんの妊娠が判明しました。私には、暗闇の中の一筋の光明のように思えました。地震の時には私以上に冷静だった診察介助の看護師が泣いていました。恐らく、私と同じような気持ちだったのでしょう。

春先とはいえ、暖房が切れると非常に寒さを感じます。ここですらそうなのですから、東北地方では身を切るような寒さが続いているのでしょう。仕事が中々手につかない状況ではありますが、ここで踏ん張って診療を続けていくことが間接的に復興の支援につながると信じつつ、停電が終わるのを待っております。

「神通力と愛情力」

2011年3月08日

1年ほど前の事でしょうか。

みなとみらいのデパートで妻の買い物に付き合わされていた時のことでした。この時間は本当に苦痛です。待っている間、やることも無く、ただボケっと道行く人を眺めておりました。

ふと見ると、ちょっと離れた所を見たことのある男女が通りかかりました。当時、クリニックで不妊治療をしている患者さんでした。よく夫婦で来院されていて、奥さまは、その当時確か40歳か41歳位、旦那さんは白髪交じりの男性で50歳位だったと記憶しています。幸い、向こうは私に全く気付かなかったようです。(白衣を着ていないと、外で患者さんにあっても意外と気づかれない事が多いものなのです。)見るからに楽しそうに話しながら連れだって歩いて行く様子を眼で追いながら、私はちょっと驚きました。お二人が、私の前を通り過ぎる間、ずっと硬く手をつないでいたからです。その光景は新鮮でどこか神々しく、なんだか感動してしまいました。

二人の後ろ姿に、「この二人を必ず妊娠させてやるぞ!」と改めて誓ったものでした。

その数ヶ月後、その方は幸いにも体外受精でご妊娠され、クリニックを卒業されて行きました。

先日、出産のご報告のお手紙を頂きました。穏やかな笑顔で赤ちゃんを抱っこしておられました。

すでに2年前の事になりますが、湘南IVFクリニックを開院する際、クリニックのネーミング決めで結構悩みました。当初は「○○不妊センター」みたいな名前が、有力候補に挙がっていたのですが、患者さんなどから、「不妊」という言葉は使わないで欲しい、という要望が多かったため、却下となりました。その際、「入口もできるだけ、目立たないようにして、不妊クリニックに通っているということが分からないようにして欲しい」という要望も多数頂きました。

不妊治療を行うことが、それだけ人目を憚られるということなのでしょう。

「子供を持ちたい」という気持ちは、夫婦の間に愛情があってこその事です。妊娠は愛の結晶に他なりません。本来なら、お互いの愛情の結晶を実現することに引け目に感じることなど微塵も無いはずです。希望に胸を膨らませて通院してもらいたいものだと思います。

最近、このお二人の治療が成功した要因について考えることがあります。

医学の進歩の恩恵なのでしょうか?それとも、私に神通力でもあったのでしょうか?

どちらも違うような気がするのです。お二人自身の愛の力無くして妊娠は無かったのではないかと思うのです。多分、神様も二人の固く繫いだ手を空から見ていたのではないでしょうか。互いの愛情の絆が神様に通じて、その願いが叶ったのだと思ってしまうのです。

もしかしたら、妊娠という神秘的な事象の中で、我々医療者に出来ることは、これっぽっちしか無いのかも知れません。そう考えると、私が「絶対妊娠させてやる!」と意気込む事自体、思い上がりなのかも知れません。

さて、妻の買い物の方はというと、たっぷり1日付き合わされた挙句、「欲しいものが無いから帰る」という一言で、私の数カ月に1日の大切な休日は、あえなく幕を閉じました。もしも本当に神様がいるのであれば、こういう理不尽な振る舞いには天罰が下って然るべきではないかと思います。しかし、今日も妻の身には何も起こらず、平然としているところを見ると、やっぱり神様など存在しないんでしょうか?

「続・クリスマスのプレゼント」

2011年2月14日

年末にクリスマスプレゼントについて、書きました。

その後、「息子さんのクリスマスプレゼントは結局どうなったの?」と、知人などから事あるたびに聞かれます。

今日の話はその後の顛末です。

息子は2年前位のクリスマスに任天堂Wiiを貰いました。サンタさんからの贈り物です。しかし、情けないことにその後ゲーム中毒になってしまい、とうとう妻の逆鱗に触れ、Wiiは粗大ごみとして捨てられてしまったのです。

そう、公には「捨てた」のです。

今回のクリスマス、サンタさんが届けてくれたプレゼントは再びの任天堂Wiiでした。

一度捨てられたゲームをまた貰った訳です。突然のサプライズに息子は飛びあがらんばかりに喜びました。しかし、サプライズはそれだけではありませんでした。Wiiの本体の中には、捨てられた時に入っていた彼のお気に入りのゲームソフトがそのまま入っていたのです。息子は早速ゲームを始めました。更に。スイッチを入れた瞬間、彼の興奮は最高潮に達しました。なんとなんと、捨てられた当時のゲームデータがそのままそっくり保存されていたのです。

「サンタさんが覚えていてくれた!覚えていてくれた!」 息子は歓喜の雄叫びをあげました。

勿論、保存されていたのはデータだけではありません。彼が2年前に本体を落とした時についてしまった傷もそのまま保存されていたのですが、でも息子はそんなことは知る由もありません。

こうして、息子は至極のクリスマスを過ごしたのでした。家族が幸せな事は私にとっても喜ばしい事です。「ばれるからやめた方が良い」という私に対して、妻は「絶対に大丈夫だから」と、強行した訳ですが、その通りとなりました。息子の夢が壊されずにホットしました。

でも一抹の不安がよぎります。

将来、息子が悪い人達にコロッと騙されてしまうような気がして・・・。

「理想と現実のギャップ」

2011年2月02日

このお正月も、卒業された患者さんからたくさんの年賀状を頂きました。ありがとうございます。

その中に、通院途中で不妊治療を断念された方々からの年賀状がありました。

「犬を飼い始めました。」という文章と共に、可愛いワンちゃんの写真を載せてくれた人、趣味のスキューバダイビングの写真入りの年賀状、中には「がん検診と子宮筋腫の定期検診の時には、また伺いますので宜しくお願いします!」なんていうのもありました。

どれもこれも大変手が込んでいて、楽しませて頂きました。出産のお便り以上に、大きな勇気を貰った気がしました。

湘南IVFクリニックが開院して3年目に入りました。早いものだと思います。この間、集計できるだけでも1000名以上の方が妊娠され、卒業されて行きました。その陰で、治療が成功しない方々も少なからずおります。手術、体外受精、考え得るありとあらゆる治療を尽くしても、妊娠させてあげられずに治療を断念された方、何度も胚移植を繰り返し、最後の最後で妊娠したにも関わらず、流産され、それ以上の治療を無期延期された方、卵巣機能が実年齢よりもはるかに早く衰えてしまい、排卵さえできない状態の方・・・。

己の無力さを嘆くばかりです。

手術を希望してクリニックを受診された患者さんには、初診の際に、「私にお任せ下さい。必ず治しますから。」と敢えて胸を張って宣言し、極力患者さんを安心させるようにしています。例えそれがどんなに巨大な子宮筋腫であっても、或いは癒着が極度に進んでしまった重症の子宮内膜症であっても、お腹に開けた数か所の小さな穴だけで必ず手術を成功させる自信と実績があります。

しかし、これが不妊治療となると、「必ず妊娠させますから」と患者さんに宣言することは決してできません。不妊治療は確率の世界です。成功率100%ということは決してあり得ないことは患者さん自身が一番良く知っています。

「妊娠するための不妊クリニックなのに、妊娠出来ない人がいる。」

この理想と現実のギャップを割り切って考える事ができずに、随分苦しんで来ました。クリニックの治療成績は常に高水準を維持しているにも関わらず、妊娠希望の患者さんを引き受けるのが辛いと思った時期もありました。

半年ほど前、転機がありました。

ある日、48歳になる方が不妊治療を希望されて来院されました。色々な所で治療を断られてしまったけれども、どうしても諦め切れない、と切実に訴えておられました。

色々とお話した上で、体外受精を試みることになりました。そうしたところ、成熟卵子を1個だけ採卵することができ、さらにその卵子がきれいに受精したのです。そして胚移植を行いました。誰もが奇跡が起こることを、期待しました。しかし、残念ながら妊娠反応は陰性のままでした。

その妊娠判定日、失敗だったことを伝えた時です。彼女がにっこり笑って「これで納得出来ました。この3か月間、本当に楽しかったです。ありがとうございました!」と仰ったのです。そして大変晴れやかな笑顔で帰って行かれました。「期待に沿えなかった」という悔しい気持ちしかなかった私は、奇異な感じに心を打たれました。

それ以来、自分の外来診療のスタンスが多少変わったように思います。

本来、不妊治療は苦しむものではなく、楽しむものであるべきだと思うようになりました。

妊娠を希望するということ。

確かに、原点に帰ればこのプロセスはとても楽しいものであるはずなのです。何歳になろうがこれは同じです。誰もが期待と希望に胸を膨らませて妊娠の瞬間を待っているのです。この夢を実現させるためのサポートをすることは、我々クリニックのスタッフにとっても喜びに違いありません。

それでも、何年もの治療の末に、妊娠を諦めるような患者さんは、今後も一定の頻度で出てくる事でしょう。そうした方々が、不妊治療のためにクリニックに通院した日々を、悔悟感では無く、達成感で振り返って頂けるであれば、望外の幸せです。

そういう気持ちで毎日仕事をして行きたいものです。

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