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2019年忘年会挨拶

2020年1月02日

皆さま、こんばんは。
理事長の田中雄大です。
本日は医療法人桐杏会、メディカルパークグループの忘年会にご参加いただき、誠にありがとうございます。この横浜ベイシャラトン「日輪の間」での忘年会は、今年で3回目になりますが、毎年参加人数が増え、今年は112名が出席していると聞いています。メディカルパークグループの全職員数が170余名ですので、計算すると、なんと約67%の出席率という事になります。巷では「忘年会スルー」というワードが大変流行っているこのご時世、しかも年の瀬12月29日、年末のギリギリのこのタイミングで、これは奇跡的な出席率かと思います。「ウチの職員はどれだけ宴会に飢えているんだ」と、思わないでもないですが、それだけの職員が出席してくれるのはとてもありがたいことだと思っております。
さて、恒例ですので、まず2019年の業績から発表致します。まず分娩の件数ですが、昨日、12月28日までの段階で計392件となっております。2018年が447件でしたので、前年比で約18%減少、という事になります。しかし、岸田先生を中心に助産師・看護師が一丸となって、ゼロからの立て直しを図ってくれました。その結果、今年の前半は分娩件数が月20件前後と、本当に厳しい状態が続いておりましたが、徐々に盛り返し、ここ数か月で見ていると、毎月コンスタントに40件を超えるようになってきており、大きな手応えを感じております。
次に不妊部門の採卵の件数です。2019年は1284件でした。昨年が1234件でしたので、4%増加しました。採卵の件数は2016年の1965件をピークにずっと減り続けていましたが、今年初めて、わずかですが、上昇に転ずることが出来ました。国内の体外受精件数は、2017年をピークに減少に転じている中で、これもみんなが一人一人が地道に頑張ってくれて、患者さんの信頼を勝ち得てくれたことが原因だと考えております。有難うございます。感謝申し上げます。
私自身の事を振り返りますと、この1年は大変充実した1年でございました。手術も沢山やらせて頂きましたし、学会でも講演の機会を頂いたり、また例の桜を見る会にまでご招待頂きまして、もしかしたら、今年が人生のピークなのではなかったか、と思う程でございました。その背景にあるのが、スタッフ一人一人が大きく成長してくれていることだと思います。今年は、私は埼玉の入間に行ってばかりで、本院を留守にすることが本当に多かったのですが、婦人科の方は藤田先生、北山先生ががっちり固めてくれますし、また産科のほうは岸田先生が安定して診てくれます。そこに中川先生、片野先生と言う若い、意欲的なパワーが加わって、分厚い医療体制が確立しております。また看護師、培養士、事務職員も皆自分で考えて行動してくれるようになっています。本当に良い病院になったものだと思います。そうした恵まれた環境の中で仕事が出来るのは大変有難いことです。
さて、今日は来賓の方々をご招待しております。お名前だけご紹介させて頂きます。慶應義塾大学医学部准教授の阪埜浩司先生、浅川産婦人科の院長浅川恭行先生、横浜市立大学市民総合医療センター泌尿器科の黒田晋之介先生、竹島徹平先生、株式会社プリンセスバンク代表取締役社長の香川則子様、甘利明衆議院議員公設秘書の町田弘文様。有難うございます。
今日は112名、色々な場所から集まってくれています。メディカルパーク二俣川、メディカルパーク湘南こどもクリニック、ケアシスパーク愛川、そして今年開院したメディカルパーク横浜のスタッフ。残念ながら今年も入間は全員欠席なのですが、皆、いつ異動があるかわかりません。どうぞ、この機会に是非、交流を深めて頂けばと思います。
来年はいよいよ2020年のオリンピックイヤーでございます。今年よりも是非更に良い年にしたいと思います。いや、必ず成るはずです。すでに産科部門の方では分娩件数500件を目指す、という明確な数値目標を定めてくれています。24時間体制での無痛分娩対応を目指す、という目標も掲げてくれています。一方の不妊部門ですが、もう少し控えめになってしまいますが、とにかく今年の1284件を上回りましょう。そして、分院の二俣川、こどもクリニック、横浜、入間、すべて健全経営を目指してください。私も、職員全員から貰うエネルギーを自分の力に変えて、今年以上に頑張りたいと思います。
今日はぜひ、楽しんでいってください。ビンゴゲームの商品もたくさん用意してあります。長くなりましたが、挨拶とさせて頂きます。

祝5万キロ!

2019年12月26日

ついにその日がやって来ました。
祝!50000㌔達成!


埼玉県入間市に通い始めて3年近くが経ちます。それまで、走行距離は2年で1万キロにも達していなかったのですが、それから見る間に走行距離が増え。そのうちにメーターが増えるのが楽しみになり。そして、ついに5万キロになりました。今まで乗った車の中でも最長。レクサスちゃん、良く頑張ってくれたものだ。それにしても、圏央道、良く走ったもんだ。多分、トラックの運ちゃん除けば、圏央道利用頻度は全国でもトップ100に入ってるかも。
相当詳しくなったよ。
「圏央道検定」があったら、絶対に1級取れるな。皆さん、藤沢から入間までにトンネルが幾つあるか知ってますか?全部で15個あります。全部覚えちゃったもんね。外回りで南から、上依知第一、上依知第二、愛川、小倉山、城山、相模原八王子、高尾山、八王子城跡、恩方、天合峰、川口、菅生、友田、青梅、西入間の順。あ、もちろん、全部長さも覚えたぜ~。一番長いのが、相模原八王子で3570m、一番短いのが西入間で240mね(入間ショボッ!)。2㎞以上あるのが、愛川、小倉山、相模原八王子、八王子城跡、菅生、青梅の6個。個人的には外回りの高尾山トンネル(1470m)の入り口が一番好き。合流地点がトンネルの中に食い込んでいるので、入り口が巨大なドーム状になっていて、ディズニーランドのアトラクションの中に入っていくみたい。しかもこのトンネルだけ、ライトが全部LEDなので、天井が高く感じる(他のトンネルと本当に高さに違うのかどうか、暇があれば、是非調べてみたい)。あと、川口トンネルだけは、入口に長さの看板が立ってないのだ。だから、このトンネルだけずっと長さ分からなかったんだ。「おい、どうしたネクスコ東日本!」ってずっと思っていたら、先週、突然トンネルの入り口に見事な標識が設置されてたのよ!!これには心底驚いた。1960mであることが初めて判明。オレ以外にも、圏央道のトンネルに魅せられて、川口トンネルの長さが気になって気になってどうしようも無い人が沢山いたんだろうね。そういう人たちが、ネクスコ東日本にクレームの電話入れまくったに違いない。あと、青梅トンネル(2090m)も素敵。トンネルが上下線で2階建てになっているので不思議な形。それに加えて、中のカーブの具合が堪らない。小倉山トンネルはトンネル内で下って上ってと高低差があるため、緑の誘導灯がついている。これも素敵。しかし、一番嫌いなトンネルだ。だってトンネル内に「上り坂減速注意」って看板が立ちまくっているので、アクセル踏んだら、その直後に覆面にパクられた。これってほぼ詐欺じゃない?
あぁ、このブログアップしたら、ほどなくして、TBSの「マツコの知らない世界」から出演オファーが来るに違いない。そしたら、今度は出演してあげることにしよう。テレビ出たら、是非やりたいのは、「圏央道トンネル当てクイズ」。15個のトンネル、良く見るとそれぞれ個性がある。天井の色とか、微妙に違う。だから、例えば、入口から50mとか定点を決めて、全部のトンネルの写真を撮って、その写真からトンネル名を当てるってクイズ。絶対に視聴率取れるはず。でもそのためには車内から写真撮らなければならないじゃない?だから早く運転手見つけて、写真撮りまくりたい。それが夢。
でもこれから圏央道とちょっと疎遠になる。今は月・水曜日と週2回入間に通ってますが、2020年1月から入間には水曜日しか行かなくなるのです。やっと本院での仕事に集中できると思うと武者震いもするし、「湘南台にオレの居場所はちゃんと残ってるんだろうか?」なんて、ちょっと心配になったりもして。
でも、週1回は通う事には変わらない。
頑張れオレ。
頑張れレクサス。
メディカルパーク入間が独り立ちしてくれるその日まで。

クリスマス(1994)

2019年12月25日

マライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス(All I want for Christmas is you)」が爆発的にヒットしたのは1994年。当時、私は医学部の4年生でした。その頃、私はひょんなことから病理学教室の先輩の実験を手伝う事になり、秋口から連日夜遅くまで研究室に引きこもり、DNAの配列の解析などの実験をしていました。「研究」といっても、学生が出来ることなど限られており、今考えると、子供のママゴトみたいな恥ずかしいレベルだったに違い無いのですが、その当時はいたって真剣でした。
あれは12月24日のクリスマスイブ。研究室にはいつもFM放送が流れていて、その日は朝からマライア・キャリーがかかりまくっていました。いつも終電近くまで実験を続けている諸先輩方もその日だけは皆朝からソワソワしていて、夕方になると三々五々いなくなってしまいました。夜になって、誰も居なくなった研究室で私は黙々と課せられた仕事をしていました。いつも以上に蛍光灯の白さが際立っていたのを覚えています。実験というのは、仕込みだけして、その間に数時間空き時間が出るもので、例えば、PCRというDNAの増幅機をスタートしたら、出来上がるのは2-3時間後。その空き時間を利用して、私は良くプールに通っていました。私は当時競泳部に所属していたのですが、幹部学年となり、更にキャプテンを任され、チームを牽引する立場でした。水泳という競技はどれくらい幼少期からやっていたかによって、殆ど実力が決まってしまう競技。大学生になってから競泳を始めた私が、水泳経験者のライバル達と競う為には、人の倍以上に努力するしかありませんでした。だから、正規の部活動の練習以外にも、自主練を欠かしませんでした。プールは四谷の辺りにありました。大学のキャンパスから丁度一駅分ですが、電車代が勿体無いので、キャンパス内に自転車を置いて、そこからプールまで自転車で通っていました。
さて、その日、研究室を出たのは恐らく19時位。そして、いつも通り2000m位を泳ぎ込みました。そして21時くらいにプールを出ました。このあたりは、上智大学、迎賓館、ホテルニューオータニや赤坂プリンスなどが密集している地域です。途中、ホテルニューオータニの正面ゲートに差し掛かった時でした。そこには、息を飲むような豪華絢爛な別世界が広がっていました。壁、木、建物、全てが金色にライトアップされ、そこだけ昼間のように明るくなっていました。ホテルのエントランス付近には、イルミネーションに照らし出された煌びやかな色の立派な車が夜光虫の如く殺到していました。余りに数が多いので、駐車場に入りきらず、外の道路にまで車が溢れていました。そして、それをこれもまた半端ない数の警備員が笛を吹き鳴らしながら必死で誘導していました。歩道にも着飾った若い男女が大勢肩を寄り添うように歩いています。自転車の私は、それを避けるために車道に出ました。その途端、警備員の1人がけたたましい笛を鳴らし、交通整理棒を振り回しながら、私に向かって何かを怒鳴りました。私は逃げるようにその場を離れました。そこで漸く気づきました。ああ、そうか、今日はクリスマスイブだったんだ。1994年、当時バブルの余韻はまだまだ残っており、赤坂プリンス、帝国ホテル、ホテルニューオータニなど一流ホテルはクリスマスの時期は1年前から軒並み満室になると言われていたものです。1年に1回のクリスマス。みんな、なんて楽しそうなんでしょう。東京中の幸せな若い男女すべてが、ニューオータニに集結しているかのように見えました。
交差点で信号待ちをしていると、夜のビルの窓ガラスに自分の姿が映っているのにふと気が付きました。髪の毛はまだ水が滴る位にびしょ濡れのまま。路上生活者のようなボロを着込んだ防寒対策。両手には白い軍手。まあ、なんとみすぼらしいことか。これでは警備員がすっ飛んでくるのも無理は無いと思いました。
その後、コンビニに寄って、研究室に戻って実験を続けました。FMラジオからは相変わらずのマライア・キャリー。その曲をたった一人、研究室の中で聞きながら、電気泳動のゲルを作りながら、冷たいおにぎりを頬張りながら、私は心の中で繰り返し繰り返し念じていました。
「テメーらいつか見てろよ。オレもいつか必ずそっち側行ってやるからな。」
そうすると、沸々と力がみなぎり、何故か実験にも身が入り、益々水泳にも気合が入る気がしてくるのでした。
クリスマスになると必ず思い出す、我が青春の屈折した原風景。
あれから既に四半世紀。未だクリスマスのニューオータニデビューは果たせていません。そして、冬の手袋はやっぱり軍手が一番ありがたい。兎に角温かい&片方無くしても右左コンバート出来るから。

忖度

2019年12月19日

マスコミの間では、昨年から「忖度」という言葉が大流行。本来ならば、日本の文化を現すような美しい言葉のはずなのに、マスコミの力で、本来の意味すら歪められてしまう。とても悲しい事です。

1年ほど前の事。
メディカルパークに新しく入った女医さん(A先生とします)の歓迎会を催すことになりました。休みの日が皆違うので、こういう時はとにかく予定の調整が大変なものです。まずA先生の日程を聞いて、それからほかの医師たちの日程を一人一人確認して。何度も何度も日時調整して、漸く開催日が決まりました。

次はお店の予約です。お店の選定は当然主賓のご希望を優先すべきなので、まずA先生にメールしました。
「何か食事のご希望ありますか?お店はA先生の希望に合わせて予約しますので」
ただ、この段階で、すでに開催予定日まで1週間位しか無く、時間が差し迫っておりました。ここから先は予定調和。

恐らくは『お店はお任せします』という返信が返ってくることを想定した上で、女性が一番好みそうなお店を考えました。そして、藤沢にありながらミシュラン三ツ星で知られている和食懐石のお店に決めました。有名なお店なので、返信を待ってからの予約では確実に間に合わないので、メールをすると同時にお店には電話しました。何とか個室を抑えることが出来、人数や予算、メニューなどの詳細まで決めることが出来ました。器まで楽しむような懐石料理は、同席する若い男性医師たちにはちょっと物足りないだろうとは思いましたが、主役はA先生なのだから、納得して貰いましょう。

これが本来の「忖度」というものです。

翌日位に返信がきました。
「有難うございます。では、フレンチかイタリアンを希望いたします」
げーっ!!!
読んだ瞬間、脇汗が。

歓迎会まであと数日しかありません。しかも当日は週末。これからフレンチのお店なんて、予約取れるのか?まずは懐石料理のお店に電話して、謝って予約取り消させて貰って、それから、生まれて初めて、「食べログ」というサイトに入っていって、「湘南台 フレンチ」とか「藤沢 イタリアン」とかで検索しまくり、いくつか目ぼしいお店の電話番号をメモして、外来の合間に、目を血走らせながら、片っ端から電話を架けまくり。

結局、5件目位で漸く家庭料理みたいな小さなフレンチのお店の予約が取れて、ギリギリの滑り込みセーフ。

歓迎会は恙なく終了しました。

さて、その後、しばらく経ったある日。
きっかけは覚えていませんが、A先生と何気無い会話の中で好き嫌いの話が出ました。

「A先生は、フレンチとかイタリアンが好みなんだよね?」
「え?なんでですか?特に好き嫌いはありませんけど」
「だって、ほら、歓迎会の時に『フレンチかイタリアン希望です』ってメールくれたじゃない?」
「あ、あの時の事ですね~。いや、私は何でも良かったんですよ。でも『お任せします』って書いたら、田中先生を困らせてしまうかなって思って。分かりやすい具体名を挙げて書いたんです。」
「えーっ!!!そうなの???」
「それがどうかしましたか?」
「あー、いやいや、何でもない。そ!あの時は具体的に指定してくれて、ホント助かったよ。お陰で、お店選ぶのもすごく簡単だったからね!有難う!」

そして、これが日本人の秘技「忖度返し」。
目には目を、歯には歯を、忖度には忖度を。

思い出し怒り

2019年12月12日

家内と一緒に車で都内に行く用事がありました。
助手席での彼女は本当に良く喋ります。
今日も絶好調。
ところが、帰路の途中、妻が急に無口になりました。さっきまで鳥みたいにさえずっていたのが、急に無音になると、妙に落ち着かなくなるものです。私が口を滑らせて、何かご機嫌損ねるようなことを言い放った自覚もありません。

10分程の沈黙の後。
静寂を破ったのは私の方からでした。

「どうかした?急に黙り込んで。」
「いや急にちょっと思い出して。」
「何を?」
「昨日さぁ、あんた『自分の健康診断が正常だった』って言ってたじゃない?」
「ああ、問題無かったよ。それがどうかした?」
「気持ちよさそうに運転してるあんたの横顔見てたら、その事思い出して。そんで『あー、こいつすんごい長生きするんだろうなー』って思ったら、なんだか急にすごくイラっと来たのよ。そしたら、喋る気が全く失せちゃった。」

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