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疑惑は益々深まった

2019年11月14日

やばい、やばいぞ、これは。
困ったことになった。
多分、このブログをお暇にも熱心に読んで下さっている方々が、今ほど私からの発信を待っている事は無いのではなかろうか。

「桜を見る会」の件です。

テレビつけると、ワイドショーもNHKもこれ一色。「どういう基準で招待客を選んでいるのか?」と大騒ぎです。「桜を見る会」の開催要項には、招待範囲について、『皇族や各国大使、国務大臣、国会議員ら、その他各界の代表者等』と記載されているようで、この『各界の代表者』とは誰かって事らしい。

あの日。
新宿御苑の駐車場には、それこそ日本全国各地のナンバーの大型バスがたくさん止まってました。バスのフロントガラスのところには「〇〇議員後援会御一行様ツアー」というのばかりでした。桜並木を行きかう人々はみなさんとても煌びやかでしたが、聞こえてくる会話がとても面白かった。東北方面の訛り、関西方面のイントネーション、あとはどこの地方のものかすら解読不能な日本語まで(もしかしたら私の喋りも同様に思われていたかも知れないが)。「日本中の方言の博覧会みたいだ」、と感心してしまいました。閉会間近の事。小さな芝生の広場におばさんの一群ががキャッキャ言いながら人だかりを作っていました。その中心には、萩入田光一官房副長官(多分その当時の肩書はこれ)の堂々たる姿が!一人ひとりと順番に写真を撮っていました。それを見た家内は、それに参戦しようと小走りに走って行きました。割り込んで自分も一緒に写真を撮る機会を狙っていたのですが、全然入っていける空気ではないのです。あの図々しいか妻が疎外されるような空気。そのうちに、その一群は萩入田官房副長官を囲んで、全体の記念写真を撮るために整列し始めました。写真の中央に立った人が旗を持っていました。そこには「八王子萩入田光一後援会」と書いてありました。萩入田さんの地元が八王子であることをその時に初めて知りました。

私はてっきり、この会は自民党の党費で運営されているものかと思っていました。だから、地方の後援会の方々にとっては年に一度の慣例イベントになってるんだろうと。

先ほど、菅官房長官が来年度の「桜を見る会」の開催中止の発表がニュース速報で出ました。
ラストイヤーに参加させて頂いたことは、何と光栄なことか。
やっぱり、2019年がピークだったな、俺。
って、呑気な事言ってる場合じゃない。
またぞろ立憲民主党が鬼の首を取ったように「疑惑を解明するチーム」とか作って、それをテレビが煽って、1年位引っ張るんだろう。あーあ、モリカケの再来だ。

でも、お饅頭貰ったり、すごい豪勢な屋台もすべてタダ。これは確かに、「税金の私物化」と言われても仕方ないかも。トップが腐ると必ず下も腐る。これは国でも組織でも普遍的な原理。後援会の人を招待するっていうのは、おそらく民主党政権の時からずっと続いていて、感覚がマヒしていたんだろうけど。「脇が甘かったです。どうもすみません。」って潔くした方が良いのではないかな。まあ、いくら釈明しても「疑惑は益々深まった」っていう例のキャッチコピーがテレビではずっと踊り続けるんだろうけど。

嗚呼、もし明日の朝、病院に行ったら、朝日新聞とか毎日新聞とかの記者が大勢待ち構えていて、「あなた、招待されたんでしょ?じゃあ、ご自身を『各界の代表者』って思われますか?思われるならその根拠を教えて下さい!説明責任を果たしてください!」って迫られたらどうしよう。それこそ、いくらアピールしてみたところで、「疑惑は益々深ま」るばかりに違いない。

やばい、やばいぞ、これは。

小沢健二譚

2019年11月12日

ミュージックステーションを見ていたら、小沢健二が出てるではありませんか!
興奮しました。
我々の世代で知らない人はいないレジェンドでしょう。

すると、歌に行く前に、小沢健二の大ファンとして小柄なアイドルの男の子(多分ジャニーズの人。最近ドラマとかニュース番組とかにも良く出てるけど名前は知らない。)が登場。「僕、オザケンを崇拝してます!」と公言。そして、小沢健二がどれだけ凄いかをホワイトボードを使って解説し始めました。

これが薄い!
内容が途轍もなく薄っぺらいのです。
矢も楯もたまらずキーボードに向かいました。

若造よ。
「今夜はブギーバック」の「ダンスフロアに・・」っていう歌い出しが凄いって盛んに語ってたけど、あの曲の凄みは全然違うところでしょうが。

よくないコレ? コレよくない? よくなくなくなくなくない?

ここ。ここがこの歌の真骨頂。この歌詞が当時の若者が連発していた「よくなくない??」っていうおバカな言葉を痛烈に風刺してること、君には分かるかい?

若造よ。
「オザケンの風景描写が凄いっ!」って目を輝かせながら、「愛し愛されて生きるのさ」の冒頭部分を持ち出していたが・・・

とおり雨がコンクリートを染めていくのさ
僕らの心の中へも浸み込むようさ

確かにここも綺麗だが、オザケンの風景描写をアピールするなら、もっともっともっと鳥肌ものの歌詞があるでしょうが?それは勿論、「僕らが旅に出る理由」の最後の部分。

美しい星に訪れた夕暮れ時の瞬間 切なくて切なくて胸が痛い程

これこそが超絶の風景描写。しかも曲の終盤で、一度ベースの音だけになってから、サビのメロディーに戻ってからのこの歌詞。何千回聞いても、切なくなって、本当に心臓発作起こしそうになります。

大体、「愛し愛されて生きるのさ」を出すなら、この曲の深淵は、

ふぞろいな心はまだ今でも僕らをやるせなく悩ませるのさ

の部分でしょうが。「ふぞろい」って言葉が出て来る理由、分かってるかい?その直前の、

胸を痛めていとしのエリーなんて聞いてた

ていう部分と、見事に連動してるんだよ?「不揃いのリンゴたち」という有名なドラマの主題歌が、サザンの「いとしのエリー」だったのさ。

若造よ。この緻密な仕掛けが君に分かるかい?

今こそ全ての日本国民に問いたい。
紙飛行機がどこに飛んでくとか、クッキー食って恋の運勢占おう、とか、そんな歌ばっかのこの時代に、こんな歌詞を思い付くアーティストがどこにいますか?小沢健二こそ、平成に舞い降りた三好達治なのです。「ドアをノックするのは誰だ?」がジャクソンファイブに酷似してても良いんです。「さよならなんて云えないよ」のイントロがマイケルジャクソンの「Black or White」のパクリでも全然良いんです。オザケンの価値は全く変わりません。大体、あいみょん(最初、マジで「戒名」っていう名前のバンドだと思ってた。)の「マリーゴールド」だって、「さよならなんて云えないよ」に結構似ちゃってますし。天才とは模倣するものなのです。

日本の音楽シーンから姿を消す直前の「ある光」という曲の歌詞からは、トップスターだったにも関わらず、その当時の彼の苦悩がにじみ出ています。

新しい愛
新しい灯り
麻薬みたいに酔わせてくれる痛みをとき

この線路を降りたら虹をかけるよな、誰かが僕を待つのか

この歌詞の前では、プラダの靴も、マーク外す飛び込みも、カローラⅡも、ただ虚ろに響くきます。オザケン、日本に戻って来てくれて、本当に良かった。

太郎を眠らせ太郎の屋根に雪降りつむ
健二に歌わせ健二の歌に神降りつむ

学会が終わって思う事

2019年11月10日

今、神戸で開催された生殖医学会学術講演から戻る新幹線の中です。
漸く講演が終了しました。定期試験から解放された中学生みたいな気分です。

私が依頼されたのは、テルモという手術機器メーカー主催のセミナーでの講演。私を含め、もう1人の演者の先生がいたのですが、その方が日本医科大学の明楽教授(下写真一番右側)。大変御高名な先生です。更に、そのセミナーの座長が慶應大学医学部の阪埜先生(下写真中央)。阪埜先生は大学の先輩ですが、これほどまでに産婦人科業界のセレブリティに囲まれて、喋るってのは、とてもじゃないけど、耐え難いプレッシャーでございました。まあ、でもこうした機会を頂くのは大変名誉なことでございます。

最近、時々ふと思います。
おそらく、今年が医師としての自分のピークなのではないか、と。

本院ではもう何年も圧倒的な内視鏡手術と体外受精の件数をこなしています。そこで培われた技術と経験値は国内有数であることは間違い無いでしょう。分院は、まだ産声を上げたばかりの所もありますが、どこもスタッフ一丸で頑張ってくれています(相変わらず埼玉行きの運転手は見つからないが)。新宿御苑の「桜を見る会」にもご招待いただきました。その上、今回のような大きな学会での講演の依頼まで。何よりこうして私が病院を留守にして出かけられるのも、他の先生たちが私の留守をしっかりと守ってくれているからです。とても有難い事です。

どんなに一流のスポーツ選手や音楽家でも、ある年齢を境に下降線に転じる分岐点があるものです。それは我々医師も同じ。ましてや、常に技術を求められる外科医にとって、若さは圧倒的な武器です。「若気の至り」とは、良く言ったもので、勢いが有り余っている若い時分には、自分が万能に思えて、そのことに気づけないものです。

だから思うのです。

数年後、「2019年が自分のピークだった」と振り返ることを想定して、1日1日を大切にしたいな、と。

なんて、殊勝な事を考えていたら、もうすぐ新横浜。
新幹線の中で仕事をするのは、憧れでした。スーツの男性が、ネクタイちょっと緩めて、座席でパソコンを打っている姿、あれ、ホントにカッコいいですよね?多分今のオレ、すげーイケてるはず。(実はただブログの文章打ってるだけだが。)

新幹線を降りれば、家まであともう少し。
秋の夕暮れは郷愁を誘います。
出張で遠出すると、何故か決まって我が家が無性に懐かしくなります。
でも、喜び勇んで帰ってみても、出迎えてくれるのは犬だけなんだけどね。
あー、奥さんにも見せてやりたいな。
ひと仕事終えて、それでも寸暇を惜しんで新幹線の車内で仕事(ブログだが)してる、イケてる今のこのわたし。

 

言葉の半減期

2019年11月05日

文化庁の調査結果が話題になっているようです。本来の使い方とは別の意味を持つ言葉がどんどん増えていると。「煮詰まる」、「憮然」、「砂を噛むよう」等々、誤用がこんなにあるとは。私自身も、間違った方で理解している単語の方が多く、赤面ものです。

そこで思い出すのが、高校3年生時、ある日の微分積分の授業。「言葉には半減期というものがある」という内容でした。「半減期」という言葉でまず思い浮かべるのは放射能でしょう。医学の世界では、薬物の半減期などもあります。それが、言葉の半減期?最初は、なんだそりゃ?って思いました。詳細は覚えておりませんが、要するにこういう事です。

どんな言語にも、一定の頻度で使われなくなる単語があり、どんどん廃れていく。そのスピードは一定で、これに微積分の式を当てはめれば、今使っている単語が100年後にどれくらい残っているかを正確に予想出来る。それを計算してみようじゃないか。

本来のその言葉の意味が変化していくのは、言葉に半減期が存在することを考えれば、当然なのかも知れません。

そこで、考えて見ました。
昔と意味が変わってしまったもの、あるいは、近い将来、意味が変わってしまう可能性が高い単語あるいは言い回し。

「家族サービス」
(昔)休日に、遊園地や外食などに家族を連れだすこと。
(今)休日に、疲れた体に鞭打って自分自身のみを外に連れ出すこと。

「目に入れても痛くない」
(昔)子供やペットが可愛くてかわいくて仕方が無い様子の事。
(今)目に入れる位に可愛がっていると、後で痛いしっぺ返しを食らう様子の事。

「オヤジ臭い」
(昔)趣味や風体が中年のおっさんぽい様子。
(今)自分の父親が臭いこと。

「働き者」
(昔)社会の模範になる人々。
(今)時代遅れのただのバカ。

数年後の広辞苑が楽しみです。

自信喪失

2019年10月28日

最近ブログの更新をさぼっています。理由というか言い訳ですが、11月に学会で講演をしなければならず、その準備で忙しく、中々文章をひねる時間が取れず。
すみません。

学会は「日本生殖医学会」と言います。産婦人科医、泌尿器科医、培養士など、不妊治療に携わる医療者が一同に会す、大変大きな学会です。メディカルパーク湘南からは、私以外にも、北山先生と藤田先生が発表します。

私が依頼されているのは、数百人規模の会場での30分間の講演。作ったスライドは陳腐じゃなかろうか。編集した手術の動画は分かりやすいだろうか。何より、滑舌は大丈夫だろうか。など、不安ばかりです。一世一代の大変な名誉な事ではあるのですが、あー引き受けるんじゃなかった・・・。

滑舌と言えば。

また外来での一コマ。
診察室から内診待合室に移動してい頂く際、私はいつも
「では左に曲がって、突き当りのお部屋の中でお待ちください。」
と案内するようにしています。

いつも通りに説明して、次の患者さんを呼び入れようとしている時の事。
受付の女の子が私の所にやって来ました。
「先生がさっき診てくれた初診の患者さんなんですけど・・・」
「ああ、その患者さんなら、さっき内診待合に誘導したはずだけど。」
「その方が、今受付に来て、ちょっとおかしなことを仰ってるのですが・・・」
「ん?なんて?」
「『月が飾ってある部屋なんてあるんですか?』って仰るのですが・・」
「はぁ?」
「院長先生が『月明かりのお部屋にお入りください』って言っていたと・・。先生、本当にそんなこと仰ったんですが?」

むむむ。
月明かり≒突き当り、って事か?

まずい。
これはまずいな。
講演直前で益々自信喪失。

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